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犬の病気

2022.03.02

2023.09.11

犬の認知症の症状や原因とは。家庭でおこなうケアについても解説

高齢犬でよくみられる認知症は、脳機能の低下を引き起こす疾患です。犬や人の生活をおびやかすだけではなく、ときに近隣住民とのトラブルの原因になります。認知症でみられる症状や行動の変化、ペットにおこなうことができる対策や介護、動物病院を受診する必要性について獣医師が解説します。

この記事の監修者
監修者

江本 宏平氏

株式会社 B-sky 代表取締役 / 獣医師

江本 宏平氏

株式会社 B-sky 代表取締役 / 獣医師

獣医師、犬猫の在宅緩和ケア専門、2012年日本大学卒
通院できない犬猫に獣医療を届けるため、往診専門動物病院わんにゃん保健室を設立。
短い時間の中で行う「業務的な診察」ではなく、十分な時間の中で家庭環境を踏まえた診療プランを提供できる「飼い主に寄り添う診察」を心がけています。

老犬の脳機能が低下する認知症

犬の認知症は加齢によって引き起こされる脳の障害です。認知機能の低下、問題行動などの症状を引き起こし、犬や飼い主の生活の質の低下や、夜鳴きなどの近隣住民とのトラブルの原因になる場合があります。

犬の認知症は高齢犬になるにつれ発症率が高くなる疾患であり、認知機能障害症候群(CCD,CDS)とよばれています。人におけるアルツハイマー型認知症とよくみた病態、症状を示すことが知られています。
高齢犬に以下のような症状や変化が見られた場合、認知症を疑いましょう。

  • 昼夜逆転
  • 夜泣き
  • ぐるぐると同じ場所をまわる
  • 粗相をするようになった
  • おすわりやお手が出来なくなる
  • 名前を呼ばれても反応しない
  • 足腰が弱くなり壁などにぶつかる、よろけるようになる

認知症の犬にみられる症状

DISHA(DISHAA)について

犬の認知症ではDISHAとよばれるよくみられる症状が知られています。これは症状の英名の頭文字をとった呼び名であり、後述する認知症の重症度の判定でもよくもちいられているものです。DISHAについて学ぶことは犬の状態をよく知ることにつながります。

「1」Disorientation(見当識障害)

  • 通れないような狭い場所に入り、身動きが取れなくなる
  • 同じ場所をぼーっと見つめる

見当識とは自分のいる場所や、飼い主などの知っている人を記憶する能力を指します。見当識障害がみられる犬では、飼い主などが分からなくなる、仲良くしていた犬や猫などの動物との接し方が変化する、ドアや家具の隙間などの犬が通れる場所、通れない場所が分からなくなる、空をみつめているなどの症状がみられます。

「2」Interactions(他者との交流)

  • 飼い主や他者への態度が攻撃的、無関心になる
  • 名前を呼ばれても反応しない

他者と交流とは、飼い主やそれ以外の知らない他者、動物との交流を指します。認知症の犬では他者との交流の変化がみられる場合があり、人や動物とのコミュニケーションの態度が変化します。他者への無関心や攻撃性の増加、恐怖心の増加などが症状としてみられます。

「3」Sleep-wake cycle(睡眠覚醒サイクル)

  • 昼夜逆転
  • 眠る時間が増えた

睡眠覚醒サイクルとは朝起きて、夜寝るなどの時間間隔を指します。睡眠覚醒サイクルの変化は夜鳴、夜間の覚醒、行動の増加、昼間の活動性の低下、昼間ずっと寝ているなどの症状を引き起こす場合があります。

「4」House-soling(家のよごれ)

  • 粗相をするようになった
  • 家の柱や家財(家具)を噛むようになった

家のよごれとは認知症の犬が粗相をする、家具などを噛み壊してしまうなどの症状による人と犬の住宅環境の悪化を指します。犬はしつけにより粗相や物の破壊などの問題行動をしませんが、認知機能の低下によるしつけの喪失が原因になると考えられます。

「5」Activity(活動性)

  • 同じ場をぐるぐるまわる
  • 好きだったことに無関心になる

DIHSAにおける活動性とは他者とのコミュニケーションだけではなく、無意味な行動をしないなどの正常な活動性を含めた意味合いの言葉です。認知症により活動性が変化することにより、飼い主や同居動物との遊びの低下、無関心や、意味もなく歩いている、くるくる回り続ける、同じ場所をずっと歩いている、同じ行動を続けるなどの常同行動がみられます。

「6」Anxiety(不安)

  • 散歩を嫌がるようになる
  • 今まで平気だったことも怖がるようになる
  • 夜泣きをする

不安はDISHA以外にみられる認知症の犬でよくみられる症状です。認知症の指標となる症状を表すDISHAにAnxietyの頭文字を追加してDISHAAとよばれることもあります。

不安がみられる犬では飼い主がいなくなることによる不安、問題行動を表す分離不安症や、散歩などの外出、犬の周辺環境の変化、知らない場所や物に対する恐怖、不安などの症状がみられます。

認知症の進行を調べるには?

犬における認知症の初期症状として、見当識障害のうち空間認識の低下や、全体的な記憶の低下がみられるとされ、これらは6歳の中齢犬でも見つけることができると述べられています。また、視力の低下は認知症による脳機能障害と密接に関係する身体症状であると報告されており、人におけるアルツハイマー病の初期症状としても知られています。

認知症の進行を数値化して調べるためにはCCD rating scale(CCDR)、その他DISHAを利用したもの、内野式100点法などいくつもの方法があります。これらは犬の飼い主が家庭における行動や認知機能を評価し、認知機能の重症度の目安として表すものです。

かかりつけの動物病院によってどの方法で認知症の進行を測っているのかは異なります。一度獣医師と相談し、動物病院で使用している方法で認知症の進行を測ることで、飼い主と獣医師のあいだで認知症に対する病識をより近づけることができます。

監修者コメント
江本 宏平
株式会社 B-sky 代表取締役 / 獣医師

認知症の判断には、典型的な所見として意味もなく吠え、その声が気持ち太く聞こえることがあります。その他、身体的な変化を伴いますが、なぜか食欲は旺盛で、それなのに太らずに、むしろ少しずつ痩せていく、という印象があります。
1次診療と言われる街にある動物病院では、通常認知機能不全に対する対処に関する知識は、そこまで多くないのが現状です。
なぜかというと、ここでは行動医療と呼ばれる専門的な知識が必要となるくらいの問題だからです。
現在日本にも行動学の専門医が増えつつあり、本来であれば受診するために通院が必須ではありますが、行動学的な問題を抱えている場合に、なかなか連れ出すのが難しかったり、専門施設や専門家のところまで物理的な距離の問題で行けない、とされた場合に、初診以降は動画などを用いて遠隔にて相談できるような環境が構築されつつあります。
もし愛犬の認知症で困っている場合には、かかりつけの動物病院にて行動医療の専門医を紹介してもらえるかどうかを確認することをお勧めします。
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認知症がよくみられる犬

犬は小型犬や雑種などで比較的寿命が長く、大型犬、超大型犬では比較的短いという寿命の犬種差や個体差があるため一概にはいえませんが、寿命は12~14歳程度とされています。また、一般的に犬の加齢は最初の1年で人の20歳程度まで老化し、それ以降は1年で人の4歳程度老化していくといわれています。人では65歳以上が高齢者とされているため、12歳以降の犬では人の高齢者に相当すると考えられます。

犬の認知症は11~12歳の高齢犬のうち27.5%程度でみられ、15~16歳の67%程度でみられると報告されています。他の研究では14歳以上の犬の14.4~18%で認知症がみられたとされています。研究により程度は異なりますが、高齢犬における認知症の有病率は比較的高いと考えることができます。

また、柴犬などの日本犬は認知症の好発犬種であるともいわれています。

監修者コメント
江本 宏平
株式会社 B-sky 代表取締役 / 獣医師

認知症というと、やはり柴犬が圧倒的に多い印象です。そして、中でも赤柴に多いと感じています。
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認知症の犬にできる対策と介護

認知症の犬は排泄の失敗や夜鳴きなどの問題行動をおこしてしまう場合があります。認知症による問題行動に対してもっとも有効な手段のひとつとして、適切な対策や介護をおこなうことがあります。

「1」犬の健康を保つための対策や介護
認知症の犬ではDisorientation(見当識障害)による物へのぶつかり、はさまりによるケガなどの問題行動がみられます。

前者に対しては、なるべく家具を減らす、家具の角にクッション材をとりつける、犬がはさまる隙間をなくす、敷居で埋めるなどの対策をおこなうことができます。認知症が進行し、どうしてもケガをしてしまう場合には、犬が運動できる十分な広さをもつサークルなどの中で飼育をおこなうことも重要です。ただし、サークル内での運動だけではなく一日に数回は広い環境で運動させてあげましょう。

「2」飼い主の負担を減らすための対策や介護
Sleep-wake cycle(睡眠覚醒サイクル)の乱れによる夜鳴きや、House-soling(家のよごれ)を引き起こす排泄の失敗は飼い主の大きな負担になる場合があります。

夜鳴きを防ぐことはなかなか難しい問題ですが、昼間に声をかける、コミュニケーションをとることによりできるかぎり夜間に睡眠をとらせることや、近隣住民に飼い犬が認知症に罹患したことを説明し、ご理解を頂くことにより負担が軽減する可能性があります。

排泄の失敗を防ぐためにはおむつをつけ、頻回に確認し交換することで飼い主の負担の軽減や、犬の衛生状態の向上をおこなうことができます。

認知症の原因やしつけとの関係

認知症の原因

犬の認知症は老化性の脳障害であり、①脳の萎縮、②アミロイドの蓄積などの脳におけるいくつかの原因が明らかになっています。

「1」脳の萎縮とは、神経細胞(ニューロン)が衰え、死んでいくことによる不可逆的な(もとには戻らない)脳の縮小を指します。理性的な行動や、行動性をつかさどる前頭葉、記憶をつかさどる海馬に萎縮がみられるとされています。

脳全体の大きさの萎縮は12歳以上の犬でみられ、前頭葉や海馬の萎縮は8~11歳以上の犬でみられたと報告されており、また老犬では若齢犬と比較しておおよそ30%のニューロンが失われたとも述べられています。

「2」アミロイドの蓄積とは、異常な蛋白質であるアミロイド(Aβ1-40,Aβ1-42など)が細胞内に蓄積し、機能障害や細胞死を引き起こす病態を指します。犬では脳内の血管周辺や、前頭葉におけるアミロイド蓄積、また老人班とよばれる脳における島状のアミロイド蓄積がみられます。

認知症としつけ

認知症でよくみられる症状のひとつにHouse-soling(家のよごれ)というものがあります。認知機能の低下によりしつけによってできていた家の中でのペットシートを使用した排せつのしかた、庭での排泄習慣などができなくなってしまうことなどが原因となる症状です。

犬の認知症は年を取ることによる脳機能の低下が原因となる疾患です。脳機能の低下はしつけの記憶を忘れさせてしまうことによりHouse-solingを引き起こします。つまり、これらの症状は飼い主のしつけがしっかりしていなかったことが原因でもなく、犬がしつけを守れなかったことが原因でもありません。

認知症の症状に対して飼い主は、犬を責める、さらにしつけをおこなうことには意味がありません。排泄習慣を忘れてしまっても問題のないように介護や対策をおこなってあげて下さい。

認知症の予防や治療法

認知症を予防することはできる?

残念ながら犬の認知症を予防する方法は明らかにはなっていませんが認知症の予防には、以下の方法がおすすめです。
また、症状の早期発見をおこなうことで、より早くケアを開始するように心がけましょう。

  • 不飽和脂肪酸を摂取する
  • 抗酸化作用のある成分を摂る
  • 刺激のある生活を送る
  • 筋力を維持する

不飽和脂肪酸とは、DHAやEPAのことです。
DHAやEPAは脳の栄養素とも呼ばれ、脳神経細胞を活性化させ情報能力を向上させる働きがあり、認知機能の向上や維持が期待できます。
DHAやEPAは、犬用のサプリメントとしても販売されています。

抗酸化物質には、老化の原因を抑え認知症予防に効果があるとされています。
主な抗酸化物質を含む栄養素は、ビタミンCビタミンE、ポリフェノールなどが挙げられます。
高齢犬向けのフードに添加されていたり、犬用のサプリメントが販売されていたりします。

老犬になると、眠って過ごす時間が増え、筋力が低下します。
筋力が低下すると、余計に動けなくなることから、脳への刺激が減り、認知症のリスクが高まります。
老犬でも散歩に連れていくことは、筋肉の維持や、さまざまな刺激を得ることができます。
また、飼い主さんと遊ぶ、「まて、おすわり」などできる範囲のしつけをすることも、脳への良い刺激になるでしょう。

動物病院を受診する必要性について

犬の認知症に対する根本的な治療をおこなうことは難しいですが、認知症の症状緩和に対する効果の可能性があるDHAやEPAなどのオメガ3脂肪酸や、中鎖脂肪酸が含まれる食事療法食や、サプリメントの処方をおこなっている場合があります。オメガ3脂肪酸は認知症の原因のひとつであるアミロイドの蓄積に対する効果、中鎖脂肪酸では脳のエネルギー源であるケトン生成を通じて認知症の症状緩和に効果があると示唆されています。

また、認知機能の低下や脳機能の低下が認知症によるものではないこともあります。脳腫瘍やてんかんなどの中枢神経に障害を引き起こすいくつかの疾患では適切な治療をおこなう必要があります。

さいごに

認知症の犬に対して愛情をもってコミュニケーションをとることは飼い主、犬双方にとってとても大切なことです。同時に飼い主が気負い過ぎず、時には介護を忘れて息抜きをすることも、長く闘病する必要がある認知症の犬にとって大事であることは間違いありません。

認知機能が低下していき、また問題行動が増えていく愛犬を世話していくことは大変であり、辛くもあります。人の最良の伴侶として、長く人生を歩いてきた犬が天寿を全うするまでの間、飼い主、犬のどちらもできるかぎり幸せに過ごせることを願っています。

まとめ

  • 犬の認知症は高齢犬でよくみられる脳機能障害である。
  • 人のアルツハイマー病によく似た疾患であり、DISHAとよばれる症状がみられる。
  • 犬の認知症としつけは無関係であり、適切な対策や介護をおこなうこと大切である。
  • 犬の認知症に対する予防や治療法は明らかにされてはいない。
  • DHA、EPAなどのオメガ3脂肪酸、中鎖脂肪酸は症状緩和の効果をもつ可能性がある。
監修者コメント
江本 宏平
株式会社 B-sky 代表取締役 / 獣医師

認知症と向き合うときには、ご家族様の役割、環境構築、マインドセット、が何より大切です。
一人で抱えてしまっていませんか?もし複数人で暮らしているのであれば、可能な限り役割を分散させてください。
隙間に顔を突っ込んで可哀想、バタンバタン倒れて痛そうに思い可哀想、など問題点が上がれば、物理的に解決できるアイデアを、かかりつけの獣医師に相談し出してもらいましょう。
介護に対して、ケアを重点的に進めていくか、メディカルを開始するかで、介護の仕方が少し変化します。複数の選択肢を出してもらった上で、最終的に決めるのはご家族様です。
ずっと横で見ていてあげたいと思うかもしれませんが、介護は長期戦ですので、体力面だけでなく精神面で崩れないことが重要です。誰もあなたに完璧を求めていないということを、忘れないでください。
介護ができるということは、長く一緒にいてくれたという証です。
今までもらった愛情を、ゆっくりと返していけるチャンスだと思って、愛情を持って頑張っていきましょう。
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参考文献

Nutrients, Cognitive Function, and Brain Aging: What We Have Learned from Dogs
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8628994/
Genetic Pathways of Aging and Their Relevance in the Dog as a Natural Model of Human Aging
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6813227/
Efficacy of a Therapeutic Diet on Dogs With Signs of Cognitive Dysfunction Syndrome (CDS): A Prospective Double Blinded Placebo Controlled Clinical Study
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6299068/
痴呆犬に対するω-3不飽和脂肪酸投与の臨床生理学的検討
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpan1998/7/Supplement/7_14/_pdf/-char/ja
Physical signs of canine cognitive dysfunction
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6943310/
An Observational Study with Long-Term Follow-Up of Canine Cognitive Dysfunction: Clinical Characteristics, Survival, and Risk Factors
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jvim.12109

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この記事の執筆者
執筆者

若林 薫氏

獣医師
ライター

若林 薫氏

獣医師
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麻布大学を卒業し獣医師免許を取得、大手ペットショップで子犬・子猫の管理獣医師として勤める。その後、製薬企業での研究開発関連業務を経て、ライターとして活動する。幅広い専門知識を生かした記事作成を得意とする。

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